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<椎間板ヘルニア>原因遺伝子の一つを特定

椎間板ヘルニア>原因遺伝子の一つを特定
10月2日19時50分配信 毎日新聞
 国内で100万人以上が悩まされているとされる椎間板ヘルニアの原因遺伝子の一つを、理化学研究所などの研究チームが特定した。発症への関与が判明した遺伝子は二つ目で、予防や治療法の開発につながると期待される。COL11A1と呼ばれる遺伝子の差異によって、発症の可能性が最大1.4倍高まることが分かった。

 分子生物学の研究現場にいるものとして、このような報道をみるたびに暗澹たる気持ちになる。科学者の誠実さは何処にいってしまったのだろう。
 一般の人はこの記事をさっと読んで何か新しい発見をしたんだなと思うかも知れないし、もう少し注意深い人は「1.4倍」という数字がどのくらい意味を持つか疑問に思うだろう。「1.4倍」とは、col11A1という遺伝子の配列の1箇所があるタイプ(仮に正常としよう)である人の1000人に10人が椎間板ヘルニアにかかるとすると、この配列が別のタイプ(仮に異常とする)の人の1000人に14人がこの病気にかかるという意味である。So what? だからどうだというのだ。どっちにしてもかかる人はかかるという程度ではないか。もし私が「異常」のタイプのcol11A1を持っているとしても、だからといって心配する必要があるだろうか。すぐにも入院保障の保険特約をつける必要があるだろうか。「正常」人より「1.4倍」高いリスクであるために、運動を控えたり、腰にヘルニア帯を巻いて生活したりするだろうか。「予防する」必要があるとすればそれは「正常」人も「異常」人も同じではないか。理研の研究者たちが公表した以上は統計学上は意味があるのだろう。しかし、私たちの生活には何の意味もない。それどころか、人の不安を煽り、差別を生む危険性だってある。
 学問的にも大した意味はない。このコラーゲンが軟骨だか骨だかの成分であることは初めからわかっている。だからこそ椎間板ヘルニアの原因と発表できたのである。もし調査の結果、まったく関係のない、例えばヘモグロビンの遺伝子の配列に「1.4倍」の違いが見つかったとしても、椎間板ヘルニアの原因として発表できないのである。つまり、「1.4倍」の違いがあったからこの遺伝子は椎間板ヘルニアの原因である、という論理ではなく、椎間板ヘルニアの原因となりそうな(すでにわかっている)遺伝子の中で「1.4倍」の違いがあるものを見つけたというだけである。学問的に新規性がないことは明白である。
 最後に、この「発見」が治療につながるというがどうだろうか。それは見つかった遺伝子の配列の違い、すなわちcol11A1タンパク質の一カ所のアミノ酸の違いが本当に病気の原因となるのかどうかにかかっているが、もしそうなら、「正常」人と比べてもっともっと高い頻度で発症してもいいはずである。例えば、アルコール代謝系の遺伝子の1アミノ酸の違いで酒に強いか弱いかかなりはっきりと分かれるように。せめて、この1アミノ酸の違いがどうして椎間板ヘルニアという病気を形成するのか、そのメカニズムがわかってから発表してもらいたい。
 腹が立つのは、以上のような考えは発表した研究者もはなから承知していることである。例えば10年以内に予防とか治療につながるなどとは思ってもいない(はず)。おそらくそのような方向で研究する気もないと思う。要するに発表のための研究なのである。論文発表し、新聞発表することで、多少の名誉欲を満たされ、研究費の獲得も容易になり、出世の道も拓ける。野依理事長の期待に応えることになるかも知れない。しかし、人々の健康のため、病気の克服のためというのはただのお題目になっているし、何よりサイエンスの原点である「真理を愛する」気持ちのかけらも見いだせない。新聞記者がこの発表の意義を理解できないのは仕方ないとしても、どうせ記者や国民にはわからないだろうとたかをくくって無意味なことをさも重要そうに発表して平気でいる研究者が許せない。もし将来この発表が無意味だと証明されても(あえて証明しようとする同業者はいないと思うが)、「原因の1つである可能性があるといっただけです」とか「新聞報道は記者の脚色が入っていました」とか、言い訳はいくらでも容易されているのが腹立たしい。そして、このような発表のための研究をする研究者がとても多い、そしてその彼らが高い評価を得ている現状をみるにつけ、私は暗澹たる気持ちに陥るのです。
 研究者は自分が発表したすべての研究成果について責任を持てとまでは言わないが、研究者は研究に対して心から誠実であるべきです。