JazzとRockとLife Science

欧米の70年代とその前のロック、ジャズ、チープオーディオ、生命科学、などなど。

1969 - Chicago Transit Authority, Frank Zappa-Uncle Meat

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今日たまたまシカゴの1stアルバム(Chicago Transit Authority)を聴いて、そのブラスの迫力に圧倒され、つられるようにフランク・ザッパのUncle Meatの途中まで聴いた。そしてふと思った。キング・クリムゾンのデビュー(宮殿)も、レッド・ツェッペリンの1stと2ndも。―そうだ。1969年はもの凄い年だったんだ― と。それまでサイケデリック・ミュージックの中で胎動していた革新の音楽が一気に爆発した年。
 シカゴの1stの4曲め、Questions 67 and 68の印象的なブラスが鳴り始めたとたん、ラジオから聞こえる未知の世界―自由で色鮮やかな外国の音楽―に初めて触れた小学生の私の胸の高鳴りが鮮やかに蘇った。感動とも興奮とも陶酔ともつかない、おそらく誰とも共有できない私だけの感情が。。この時の私とその時代の記憶がこの曲にはしっかりと刻まれている。それほど唯一無二の曲である。しかし当時は、時々ラジオで流れているこの素晴らしい曲のタイトルも演奏しているアーティストも知らなかった。それまで私は日本の歌謡曲しか知らなかったのだ!この曲とその前の2曲は記憶に残り続ける名曲。
 フランク・ザッパの名前は知っていたが、中学・高校の友人にもザッパのアルバムを持っている人はいなかったし、これといってヒットした曲もなかったので聴いたことがなかった。数年前にプログレッシヴ・ロックの紹介本を買って、その中にこのUncle Meatが絶讃されていたので買ってみた。初めて聴いてぶっ飛んだ。これまで聴いたことがないが何故か親しみのある、無茶苦茶のようで非常に緻密に書かれた、大まじめで猥雑な曲々々。何より、様々の楽器の瑞々しい音が見事に調和している。このアルバムの中のUncle MeatやThe Dog Breath・・といった曲は非常に完成度の高い奇跡的な作品である。ザッパ自身もライヴや後のアルバムで何度もとりあげている。他のアルバムでもそうだが、ザッパはお遊びやおふざけの曲を入れるのが好きで(本人は大まじめかも知れない)、時間のない時はそんな曲を飛ばして聴いている。とにかくザッパは天才。
 ツェッペリンの2ndやクリムゾンの1stにも、それまでになかった革新的な名曲が入っている。これらの名盤たちの誕生を1969年に実体験することのできた人たちはどんなに幸せだったろう。

tilt

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イタリアのプログレッシブロックグループ、arti+mestieri(アルティエメスティエリ:芸術と職人)の1974年のデビューアルバム。1960年代末にイギリスに出現した革新的ロック。ピンクフロイド、キングクリムゾン、イエスELPジェネシス・・・。そのムーブメントはヨーロッパ中に広がり、特にイタリアでは大きな盛り上がりを見せた。しかし、その中で後世に残る作品はそれほど多くない。中でも特に完成度の高いものは、PFMの最初の2枚とこの「ティルト」くらい。このアルバムは、何といっても、フリオ・キリコの驚異の高速ドラムで有名。手足の数が人の倍はあると思われる音数の多さとその正確さ。しかし、それだけではなく、他の楽器の演奏技術も高く、時折独創的なソロを聴かせてくれる。曲は比較的短いテーマが次々と変化して組曲風の構成をとっているが、その変化がまことにダイナミックで、またメロディーも美しく、最後まで飽きさせない。バイオリン、サックスなどの生楽器とメロトロンやシンセサイザー、ギターがみごとに調和して美しい旋律を生んでいる。音の数はやたら多いのだがうるさくなく、むしろ透明感が全体を貫く。彼らの出身地トリノの街の風景を想像させる。ところどころPFMとクリムゾンの影響が見られるが、全体としてオリジナリティーは非常に高い。今でも時々聴くが、その新鮮さは失われてはいない。ただ、アルバム最後の曲は時代を感じさせる音のコラージュで、1度聴けば十分。

Life Science

タイトル中のJazzとRockについては書き始めたが、3番目がまだでした。
 知らない人はLife Scienceという言葉から人生科学?、哲学?と思ったりするのでは。「生命科学」と訳します。生物学の枠を広げて、医学、分子生物学、農学、生化学、薬学なども含めた、遺伝子から細胞、そして細胞の集まりである動物個体(ヒトも含めて)に至る、生命に関わる科学のことを総称します。私の仕事であり趣味でもあります。現代では、例えば、同じような方法を使って遺伝子の機能を研究している研究機関は、医学部、農学部、理学部生物学科、薬学部などいろんなところにあります。一時期、工学部にも生物工学(バイオテクノロジー)の学科がたくさんできました。材料が植物だったら農学、細菌や酵母だったら分子生物学科、病気の患者さんの細胞なら医学部、薬の開発に重点を置く場合は薬学部、といった具合に、方法論によってある程度の棲み分けはありますが、たいてい1つの学科や研究所で色んな人が色んな研究をしています。何だか大学受験生へのガイダンスみたいになってしまいました。
 やや大風呂敷を広げた観のある言葉ですが、ひとつの研究グループが色んな材料を使って、色んな方法論を駆使して研究している場合が多いことも事実で、そんな時は、Life Scienceというのが最適です。昔はそれぞれ独自の閉鎖的な研究領域というものがあって、技術の上でも、また社会的にも、よそ者には入り込めない壁がありました。しかし、今は所属がどこであろうとも臆することなく異分野の方法論を導入することが容易になりました。技術が発達したおかげで「弟子入りして修行」することなく、初めての方法がわりと簡単に使えるようになったこともありますが、研究者の意識が変わったことが大きいと思います。以前の閉鎖的排他的な学会が、他の分野に対して開放的にまた寛容になり、さらに積極的に異分野の方法論を取り入れてきた結果でしょう。この学問分野間の融合が生命科学の発展の起爆剤となったともいえます。
 そんな生命科学の世界に20数年棲んでいる私です。研究費の獲得、投稿論文の成否、学生の指導、等々ストレスの多い今日この頃ですが、嫌な事はなるだけすぐ忘れて、楽しいことを思い描きつつ、楽天的に暮らしております。研究生活で私が感じることなど、これから少しずつ書いていきたいと思います。

Live

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いわずと知れたレゲエの名盤。今は亡きボブ・マーリーの1975年のロンドンでのライヴ。ジャマイカではヒーローだった彼がこのアルバムで世界的に有名になった。そのダンスホールに自分がいるような錯覚に陥るほどの臨場感。観客の熱狂が直に伝わってくる。"No woman no cry"の大合唱を聴くたびに胸が熱くなる。ボブ・マーリーの確信に満ちた歌声、i threeのコーラスとの掛け合い、艶やかにワウのかかったギター、レゲエ特有のスコンスコン鳴るタイコ。ラフなようでこれらが完璧に調和した奇跡的なライヴ。歌詞は、トレンチタウンの貧困な若者が仲間たちに「支配階級と戦え、負けるな、自暴自棄になるな」と叫んでいるもの。高校生の私は"Get up stand up, don't give up the fight"とか"My feet is my only carriage"などというマーリーのメッセージに随分勇気づけられたものだ。なお、最近のラップ小僧がよく言う”ヨー・ヨー”は、こっちが元祖です。

You must believe in spring

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とりあえず最初の1枚は今聴いているCDから。
Bill Evansの晩年1977年の録音。夫人が76年に兄が翌77年に死亡し、悲しみの底に沈んだであろうEvansが、しかし絶望を感じさせない美しいそして力強い演奏を聴かせてくれる。エディ・ゴメス(ベース, b)、エリオット・ジグモンド(ドラムス, ds)とのトリオ。ピアノとベースが美しく絡み合う。初期のスコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(ds)とのトリオによる61年のヴィレッジバンガードでのライヴが有名だが(これについてはまた後日)、そのスコット・ラファロとの白熱した掛け合いを彷彿とさせる。ヴィレッジバンガードライブの10日後に交通事故で死んだラファロの魂がゴメスに乗り移ったようなベースの躍動感である。このエヴァンスのピアノが美しく内省的であることを強調するレビューを見かけるが、私にはむしろすごく情感にあふれ、また創造的な演奏に聴こえる。例えば「MASHのテーマ」などはのりがよく楽しい。とにかく音がきれいだから聴いてて疲れないし、仕事の邪魔にならない。最近、私の仕事促進音楽としてBrian Enoの"Music for Airports"にこれが加わりました。

町の匂い

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                イタリアの地方都市アッシジのある坂道


静かな日曜。ただ、風がすごい。春の嵐か。

わが家は東京から電車で1時間あまりにもかかわらず、相当の田舎である。団地の中はどこの都市近郊型の団地とも同じような光景だが、一歩団地の外へ出ると、畑が点在し、まだ藁葺き屋根の家があったり、細い道が不規則に畑の中をぬう。目の前の光景は、子供の頃にイメージした21世紀の光景とはかけはなれている。いや、子供のころの風景とほとんど変わらない。風に砂が舞う公園には、今でもポン菓子屋がぼろぼろの釜?をひいて現れそうである。ただ違うのは、外で遊ぶ子供が少ない。家の中で遊ぶことが多くなった。

インターネットや携帯は仮想社会をますます現実に近づけていくが、地方の町や村の環境は根本的には何も変わっていない。国道沿いにはコンビニやラーメン屋やショッピングモールが立ち並ぶが、これらは時とともに消えていく。しかし、人が住み創っていく「町」は文化であり、100年後にその歴史が語られるべきものである。そういう「町」はこのあたりにはない。全国的にも、人が郊外型大型団地に住むようになってから、それぞれに歴史を持つ「町」は次第に寂れていくと聞く。その代わりに人はウェブの中に「町」を構築し、そこに住み始めている。まさに、マトリックスの世界か。

ヨーロッパに行くと安心する。どの国のどんな田舎に行っても、立派な町が必ずある。たいてい教会の前に広場があり商店広場(market place, ドイツ語ではMarktplatz)と呼ばれる。日曜には朝から市が並び、果物やパン、チーズ、ハムなど色んなものが売られる。その一角には市庁舎(City Hall, Rathous)があり、他にも服屋や土産屋などを入れた古い建物が立ち並ぶ。その周囲には細い路地が四方に伸びて、小さい店が並んでいる。何百年も変わらない「町」の光景である。そこには住人の匂いが染み付いている、もっといえば、彼らの魂が町と同化している。そんな町の街中をぶらぶら歩くだけで楽しい。日本の地方都市は匂いがしない。企業の戦略で再生された町。それでも、東京や京都には匂う場所が少しだけ残っているけどね。

まずは始めよ。

ブログをセットアップしたからには、何か書かないとね。
中学生の頃、夜1時頃から当時は珍しい洋楽の番組があって、確か「in concert」という名前だったと思うが、その番組の始まった直後のCM(毎回同じCMだった)のバックにとても美しい曲が流れていた。哀しげなギターのアルペジオにフルートが重なる前奏から始まるその曲がLed Zeppelinの有名なStairway to heavenだと知ったのはかなり後のことだった。Rockを聴く人なら大方はLed Zeppelin(鉛のツェッペリン号ではなく、導かれた・・である。念のため)の曲を聴いたことはあると思うが、ZeppelinがHard Rockの帝王と呼ばれて崇拝され、グループのギタリストでありリーダーであったジミー・ペイジがロック界の三大ギタリスト(!)と呼ばれていたことを今の若い人は知っているだろうか。ちなみにほかの二人はエリック・クラプトンジェフ・ベックで、3人ともヤードバーズ出身。1970年前後は今ほどロックのバンドは多くなくて、ロック雑誌なんてMusic Lifeくらいしかなかったけれど、しかもそれを友人の部屋で読むだけだったけれど、ほとんどのバンドの名前を覚えられた。今と比べると情報が極端に少なくて、それ故、情報に餓えていた、のどかないい時代だった。欲しいLP(CDはずっと後)を買うお金もなく、友人宅で聴かせてもらったり、カセットテープに録音してもらって、テープが伸びてプレーヤーのヘッドに絡まるまで聴き倒していた。今から思うと再生音は相当ひどかったと思うが、当時は初めて体験する音楽に衝撃をうけた記憶がある。ここ何年か、昔買えなかったLPの再発CDをやたら買い漁っている。多くはテープで聴いて曲の隅々まで覚えているので、あまり新鮮味はないが、それでも久しぶりに聴くと感動する名曲もある。アーディオセットが良くなって、今まで聞こえていなかった音を発見することもある。ただ、この音を無垢な少年の耳で聴いておきたかったなあと思う。

今夜のおすすめCD
Led Zeppelin: 2nd, 3rd, 4th (Four symbols), 聖なる館(Houses of the Holy), Physical Graffiti, Presenceまでは必聴。あえてこの中から選ぶとすると、荒削りなrock好きなら2ndかPresence、凝った音が好きなら4thか聖なる館か。名曲Stairway to heavenの入った4thは永遠の名盤。1,2曲めは当時のバンド少年の多くがコピーした(がロバート・プラントのハイトーンのボーカルを誰も歌えなかった)。数年前に出たLed Zeppelin全盛期のライブDVDとCD (How the west was won)はすばらしい。買いです。